虐待としつけの境目
しつけとは、日常生活や生活全般の根源的なことを教えることをいい、「社会の規範」「集団の規範」「規律や礼儀作法」などを子供に訓練することを指します。
一般的にはしつけに際して子供に対し行う「罰」を特に指して使うことがあり、過度な罰による傷害や殺人事件が頻発しています。
まだ年端もいかない児童を教育するのに「罰」は当然に必要であり、全ての「罰」を否定することは出来ません。
どうしても言う事を聞かない児童やいたずらを繰り返す児童に対し、おもわず手を上げてしまうという事はごく日常的に行われているといえます。
ところが、最近の特に若年の親のしつけを見ていると、「教育」というより「ストレスの解消」を目的にしたような過度の罰を与えている印象を受けます。
そのような親に実際に話を聞いてみると、「あくまで教育としてのしつけをしているのであって、確かに育児にストレスは感じてもそれで解消しようとはしていない。」と答えるのです。
親は過度なしつけを子供の責任に転嫁することで自己の責任を回避し、さらに児童虐待を繰り返してしまう、そんな歪んだ螺旋構造に落ちてしまうのです。
親はしつけと児童虐待の境目を個々の子供の年齢や性格などに照らし合わせ、適正範囲内で行う事が求められます。
しつけはあくまで教育であって、親のストレス解消の場であってはならないことを深く心に刻んでおかなければなりません。


